ヒップホップ化するこんな世の中だからこそロック魂 | 砂上の賃貸

ヒップホップ化するこんな世の中だからこそロック魂

この前書いたレペゼンの話 のコメント欄で世の中がヒップホップ化しつつあるというコメントをいただいて、確かに調べてみるとすでに神宮球場は「わるそな奴は大体友達」の人によってヒップホップに染められていたり と、恐ろしいことになっているのを知ったわけですが、しかしながら世の中まだ捨てたもんでもなく、世の中にはこんな人もいるのです。見てください、この空中キャンプの記事と写真 を!


ロック魂


ロック魂ですよ、ロック魂。思わず普段使わないcenterタグ使いたくなっちゃうくらいにロック魂です。フォントいじりもしちゃいます。もうレペゼン言ってる場合じゃありません。何たってロック魂ですから。

まあ、スーツにたすきでロック魂はちょっとないんじゃないか、そう思うのがもっともです。しかし、僕はここであえてこれはアリだと強く主張します!それはなぜか?

まず、原点に返って、ロックとは何か?ここから考えます。今の時代において、ロックという概念は、「文学的」と同じくらい曖昧かつ実体の不明瞭な雰囲気だけのものとなりつつあります。そもそもロックなんてすでに何度殺されたかわかりません。googleで「ロックは死んだ」で検索したら12300件 です。死にすぎです。007が二度死ぬならロックはたぶん5000回は死んでいるはずです。

しかし、そんな死に体のロックもまだ決して完全に死んだわけではありません。むしろ、死んでからがロックと僕は言いたい。遠足は家に帰るまでが遠足ですが、ロックは死んでからがロックです。

ロックがまだ生きていたころ、それはカッコイイものでした。しかし、色々あってロックは死にました。そして、死んだことによって「ロック的カッコよさ」は逆にカッコ悪くなりました。「シェゲナベイベナー?何それ」です。だが、そのカッコ悪さ、滑稽さに怖じ気づかない突き抜けたパワーが伴っているとき、ロックは「カッコ悪いけどカッコイイ」ものとして、生き返るのです!だからハイロウズのヒロトはステージ上でちんちんを出すし、ギターウルフのセイジは革ジャンを着て汗だくでステージを這いつくばるし、LIVの人はミュージックステーションでダイブして普通に着地しちゃったのです!あ、やっぱ最後の人はナシで。

さて、例のロック魂の人です。彼はカッコいいですか?たすきに「ロック魂」。カッコいいと思いますか?答えは明らかです。カッコ悪いです。ズックにロックどころかたすきにロックです。そして、そのカッコ悪さに彼はたじろいでいる様子が全くありません。もう一度リンク先を見てください。どうよ、この晴れやかな表情。だから、きっと、たぶん、彼はロック魂、そういうことです。イッツオーケーです。まあ、選挙には落ちると思いますけど。僕もたぶん投票しませんし。

あと、「カッコ悪いけどカッコイイ」を見事に描いた、山下和美の「ROCKS」はほんと名作です。バーコード頭のオッサンがここまでカッコよく輝いているマンガは他に知りません。山下和美短編集 に収録されているので、興味を持った方はぜひ読んでみることをオススメします。